玄関の電気を点けると、
擦りガラス越しに赤い服を着た
シルエットが浮かび上がった。
「どなたですか!?」
「夜分遅くに申し訳ありません。
…実は急ぎの用事があって
この辺りで公衆電話を
探していたのですが、
どうしても見つからなくて…
もし宜しければお宅の電話を
貸して頂けないでしょうか?」
俺は何だ電話かぁ、とホッとしたのだが
「…申し訳ありませんが、
こんな時間に見ず知らずの人を
家に上げる訳にはいきません。
どうかお引きとり下さい」
母さんはキッパリと断った。
その時は電話くらい
貸してあげればいいのに、
と驚いたが、今思えば当然だな。
いくら田舎とはいえ、
大人が母親しかいない家に、
深夜に訪ねて来た他人を
上げるのは危険だ。
だがなおも
「お願いします。本当に困ってるんです。
電話を貸して下さい」
と食い下がる。が、
母さんは断固として
「申し訳ありませんが、
他を当たって下さい」
と断り続けた。
暫く言い争う感じで
やり取りが続いた後、
女は急に静かになった。
やがて玄関先にあった傘立てから
傘を抜くのが見てとれた。
そしていきなり 「ガンッ!!」
傘の先の方を持って、
柄の部分で玄関の擦りガラスを叩き始めた。
再び狂気を感じた俺は
その場に固まってしまった。
女は玄関のガラスを
突き破らんばかりに強く叩いてくる。
「いい加減にしなさい!!
警察を呼びますよ!!」
母さんは少し怯んだようだが、
強い口調で外の女を一喝した。
しかし女は叩くのを止めない。
「あんた達は居間に行ってなさい!
お姉ちゃんは警察に電話!!」
俺は固まって動けなかったが
姉に手を引かれ、居間へと走りだした。
バーンと音がしたので振返ったら、
母さんが玄関脇にあった靴棚を倒してた。
バリケードを作ってたんだと思うが、
今考えるとあんまり意味無い気が…
母さんもパニクってたんだと思う。
居間に着き、電気を点けると
俺はテーブルの下に潜り込んだ。
どこでもいいから隠れたかった。
警察への電話を終えたらしい姉も
潜り込んできて、
2人で抱き合い震えながら泣いていた。
暫くすると母さんも居間にやってきた。
玄関からはまだガンガンと
ガラスを叩く音が聞こえてくる。
台所から一番大きな包丁をとってきて、
テーブルの下にいる俺達を見つけ
「大丈夫だから、ね?
お母さんがいるから大丈夫だよ?」
と慰めてくれた。
だがそう言う母さんも
顔が真っ青で凄く汗をかき震えていた。
やがて玄関の方から音がしなくなり、
家の中が静かになった。
そして母さんが
玄関の方へ歩き始めた時
「ガンッ!!」 と居間の窓から
激しい音がした。
俺と姉は 「わぁーっ!!」
と絶叫して気を失いそうだった。