設定としては恋人同士がするメールなのだが、彼女の仕事などの現在の
状態について聞くのはNGらしい。
その代わり、「今何してるの?」といったような当たり障りのない内容なら
無難な返事が返ってくる。あとは彼女の現在の話はダメでも、過去の思い出
話なら平気だということも分かってきた。
俺の方はと言えば、特に隠し立てするようなこともないので、実名や会社名こそ
出さないものの、話したいことをどんどんとメールに書き連ねていった。
過去の恋愛、仕事の愚痴、最近見た映画、テレビの話。
メールの往復は一日数十回。もし俺以外にも客がいるとしたら、彼女は一日
何通のメールをやりとりしているのだろう。キーボードならともかく携帯でそんなに
大量のメールをさばけるのだろうか。
しかし声の感じからすると、彼女は二十歳かそれ未満に感じられた。この世代は
中学校から携帯を持っててもおかしくない世代。親指タイプ暦6年。しかも中学生
というもの覚えのいい時期から始めているんだ。そのくらい出来てしまうのかもしれない。
おそるべし、親指タイプライター。
彼女のメールは実にマメだった。
朝のオハヨウメールから始まり、通勤電車、仕事の休憩時間、家に帰ってから寝るまでの間。
返信は光の速さで返ってくる。待たされることはめったにない。1回のメールのボリュームも
少なすぎず多すぎず、話の内容も楽しかった。なんというか、彼女は聞き上手なのだろう。
メールで『聞き』上手というのもおかしいかな。正しくは『読み』上手?
会社でも喫煙所で頻繁にメールをしている俺の姿が目立ったらしく、「彼女できたんですか?」
とからかわれることが、たびたびあった。さすがにそこで「彼女ができた」というのははばかられ、
「いや、友達ですよ」と返事をしていた。だが暇さえあればメールをしている俺の姿から、社内
では気がづけばすっかり彼女持ちとして認識されるようになっていた。一度も肯定してないん
だけどな・・・・。
現在の彼女の素性を聞いてはいけないというNGはあったものの、それでもお互いのことは
しだいに理解が深まっていった。どちらかというと慎重派で穏やかであることを望み、我慢
強い俺に対し、明るく自由奔放で、我慢をすることが嫌いな彼女。人間、自分と似てない
相手の方が魅力的に感じるのだろうか。自分と違って社交的な印象を受ける彼女に俺は
どんどん好感を持っていった。