どこかで読んだ話によると、人間はその時、最も接触回数の多い異性に恋愛
感情を抱きやすいらしい。メールでのやり取りが『接触』と呼べるのかは定かでは
ないが、俺が彼女に恋愛感情を抱くのは時間の問題だった。
顔も知らない、声だってほとんど聞いたことない相手なのにね。
おかしいでしょ?
最初のひと月が経つ頃には、俺はメールだけのやり取りでは満足できなくなって
いて、顔も知らない彼女への想いで胸を苦しませていた。
ある夜、恒例のオヤスミメールの時、俺は思い切って「オヤスミ、美紀。好きだよ。」
と送ってみた。返信は即座に帰ってきて「あたしも隆が好きだよ。おやすみ~」と書いて
あった。
自分でやっておいてこんなことを言うのもなんだが、虚しくなって後悔した。
恋人同士という設定での有料メールなのだ。「好きだ」と言えば「好きだ」と、
「愛してる」と送れば「愛してる」と返事が来るに決まってるのだ。
「そうじゃない、顔も見たこと無いのに君のことが本当に好きになったんだ」
そんなメールは送れるはずもなく、俺の胸の苦しさはどんどん締め付けがきつく
なっていった。
最初の1ヶ月が経ち、2月目をどうするかという話になった。
毎月10日は契約更新の日。支払はお早めに。
当然のことながら、この有料メールの生活にはまってしまっていた俺は
契約の延長を申し込んだ。そして彼女にちょっと無理なお願いをした。
有料メルカノは今後も続けたい。
でも美紀の顔写真が欲しい。
ピンボケしててもいいし、遠くから写して漠然としか顔が分からなくてもいいからと。
当然彼女は断ってきたが、相手のイメージすら全く分からないのでは、擬似恋愛に
感情移入がしきれないと説明し、俺は交渉を粘った。今にして思えば、偽者の恋愛に
感情移入をすることは愚かな行為でしかないわけだが。
しばらく考えさせてと彼女は言い、1時間後、写メが添付されたメールが送られてきた。
写真はピンボケもしてなくて、顔がはっきりと写っていた。
もっと派手な感じを想像していたが、大人し目の髪の色と、可愛いというより美人系の
整った顔立ち。