僕は柵に腰かけて、煙草を吸っていたんだ。
なぜかそこには、きちんとした灰皿があったからね。
二周目の僕は、こういう寂しい場所にくると、
心が安らぐような人間になってたんだ。
ふと見ると、こっちに向かって誰か歩いてくるのが見えた。
どうやら僕と同じ用らしくて、手には煙草を持っていて、
――そう、それが僕の元恋人だったわけなんだよ。
僕の元恋人はとっても礼儀正しい子だったからさ、
気まずそうな顔をしながらも、僕に挨拶したんだ。
相手が誰であれ、笑顔で挨拶してくれる子なんだよ。
僕も同じように挨拶しかえしたけど、内心、取り乱してたな。
彼女が喫煙者だなんてこと、僕は知らなかったし、
この図書館の利用者だってことも知らなかったんだ。
あれだけ話す機会を欲しがっておきながら、
いざとなると、何にも言葉が出てこないんだよ。
何か喋んなきゃ、って焦るばかりでさ。
なんとか会話を繋いで引きとめよう、ってね。
「本、借りに来たの?」と彼女は僕にたずねてくれた。
「僕じゃなくて、妹がね」と僕は正直に答えた。
「そっか、妹さんか。……君は本、読まないの?」
「そこそこ」と答えると、元恋人は嬉しそうな顔をした。
周りに本を読む人間が少なかったんだろうね。
それから僕たちは十分くらい、本の話をしたんだ。
他愛もない話だったよ。大した意味のない会話。
一周目の僕だったら、二秒で忘れるような会話さ。
でもさ、たったそれだけのことで、僕は、
嬉しさで胸がはちきれそうだったんだ。
この時間が、少しでも長く続けばいいって願ったよ。