いくら疲れて苛立ってるとは言え、親に対してあの態度はあり得ない。
怒って当然だ。
出木杉「ご、ごめん母さん。ちょっと疲れt」
母「ちょっとリビングに来なさい。」
出木杉「いや、今から勉k」
母「良いから来なさい!」
「ピシャンッ」という擬音がしっくりくる、有無を言わせぬ物言い。
やってしまった。
最悪だ。
最悪な気分の時に、最悪なミスを侵してしまった。
【リビング】
コトッ
母「はい。どうぞ。」
出木杉「???」
リビングのソファに座る僕の目の前に、突如として予想外の物が現れた。
スポンジで生クリームをサンドし、その上を更に生クリームでコーティング。
そして頂点には巨大なイチゴ。
出木杉「・・・・・・えっ?」
母「駅前の『シャングリラ』っていうケーキ屋さん。むかし好きだったでしょ。覚えてない?」
もちろん覚えている。
僕が毎日利用する駅の西口。
その反対側の東口を出て左へ少し進んだ場所に昔からある、小さなケーキ屋だ。
僕はこの店のショートケーキが大好きだった。
誕生日、入学式、卒業式、テストで100点を取った時。
お祝いの時には、必ずこのショートケーキが食卓に並んだ。
僕にとってこのケーキは単に美味しいというだけでなく、トロフィーや金メダルと同じぐらい重みのある物だった。
だけど・・・・・・
出木杉「なんで?」
母「ヒデ、勉強上手くいってないんでしょ?」
出木杉「・・・・・・うん。」
母「あのね、ヒd」
出木杉「で、でもね、母さん! 大丈夫だよ! もっともっと勉強して、絶対に来学期こそは良い点を取ってみせるから!」
母「・・・・・・。」
出木杉「参考書の量ももっと増やすんだ! まだ17歳だし、ちょっとぐらい寝なくても平気だよ! あと、それかr」
母「無理しなくて良いよ。」
出木杉「っ・・・・・・。」
母さんが静かに呟いた一言。
僕はその言葉の前に、何も言えなくなってしまった。
頭の中にはまだまだたくさん言葉が駆け巡っている。
だけど、それらはまるで喉の奥に南京錠でもかけられたかのように、外へ出てこようとしない。
母「お母さんもお父さんも、アナタに努力のできる子になって欲しくて、そう育てた。そして、アナタは実際に努力を惜しまない立派な男の子に育ってくれた。私たちはその事がすごく嬉しいの。」
出木杉「・・・・・・うん。」
母「でもね、だからってお母さんもお父さんも『結果が出ないと努力と認めない』なんて言う気は更々ないんだよ。」
分かってる。
父さんも母さんも、結果で全てを判断するような冷たい人間じゃない。
母「そりゃあ、結果が出るに越した事はないよ。でも世の中、どれだけ頑張っても結果が出せない時だってあるじゃない。そんな状況が続く事だってね。」
分かってる。
人生は上手くいかない事の方が多い。
母「それを『悔しい』って思うガッツは素晴らしいけどね、焦りすぎてヒデが体壊しちゃったり、勉強にしか興味のない寂しい人になっちゃう方が、お母さんずっと嫌だなぁ。」
分かってる。
もし僕の体と学業とを天秤にかけたなら、両親は迷わず僕の体を選んでくれる。
母「『ヒデの学力じゃそれが限界だから諦めなさい』って意味じゃないよ。そうじゃなくて・・・何て言えば良いんだろ・・・」
分かってる。
母「とにかくね、徹夜で勉強するなんて無茶はしないで。」
分かってる。
母「もしどうしてもダメだったら、休学でも転校でも、何だってしてみれば良いじゃない。」
分かってる。
母「もっとさ、自分に逃げ道を作って、優しくしてあげてよ。」
分かってる。
分かってるんだ。
母さんの言い分も、両親の優しさも、世の中は勉強が全てじゃないって事も。
分かってる。
全て分かってる。
分かってる。
分かってる。
分かってる。
だから僕は
ショートケーキを壁に投げ付けた。