【※絶望※】40度近い熱がある嫁「ポカリほしい」俺「ムリ!明日な」翌日、飲み会から帰ると嫁は亡くなっていた・・・

40度近い熱がある嫁「ポカリほしい」

俺「ムリ!明日な」

翌日、飲み会から帰ると嫁は亡くなっていた・・・

ある男性が懺悔(ざんげ)

の意味を込めて投稿したお話です。

この男性には献身的(けんしんてき)

に支えてくれる妻が居ました。

1年くらい前の今頃の話。

俺29歳、結婚5年で会社員。

妻29歳、在宅パーで持病持ちで療養中。

数日前から体調崩してた妻が

帰ったら倒れてた。

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当日の一週間位前から

なんとなく体調が悪そうだったけど、

3日前位からは熱もあって

見るからに苦しそうだった。

当日は昼休みにメールして

熱はどうか聞いたら、

返信があって39度台だと言っていた。

1年前の5月の木曜の話で、

行きつけの病院が休診だったんだ。

そこを除くとこの辺には

物凄く待たされる個人病院と

医者の腕が悪い個人病院、

それから少し遠いが

それほど待たなくてすむ

総合病院がある。

前日から、

ひどかったら病院に行くようにと

妻には言っていたんだが、

妻は多少体調が悪くても

あまり医者にかからないタイプだった。

多少の風邪なら

まあ寝ておけば治るという感じの人で、

わりとギリまで耐える。

さすがに持病

(命に関わるものじゃない)

の通院はしていたが、

インフルエンザであろうが

とりあえず部屋にこもって

耐えるタイプなんだ。

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病院で待つのが嫌いだし、

車を運転できないから具合悪いのに

一人で病院まで行くのも不安がある、

あとは経済的に余裕がないから

もったいないと思ってたんだと思う。

前日の夜は全身が痛いと言ってて、

まあ熱がある時のアレだろうから

寝かせておけば治るだろうと思ってた。

思い返せば、

あんまり弱音みたいなことを言わない妻が、

前日の夜寝る前に

やたらと俺に愛してるとか、

そういうことを言ってくれ

みたいなことを言ってた。

実は俺その時、

転職して3年目だったんだ。

前の会社はそれなりにブラックで、

転職活動やってちょっといい大手に入れた。

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転職してから仕事が物凄く楽しかった。

前のブラックは小さい会社で、

社長やら上司によく怒鳴られてたけど、

今の職場の部署はいい人ばっかりだった。

前の職場の頃は

ただでさえやすい給料なのに

職場の飲み会なんか絶対死んでも

参加するもんかって思ってたから、

できるだけ避けてたんだが

今の職場では歓迎会や送迎会は

もちろん必ず参加し、

それ以外にも上司に飲みに

連れてってもらったり、

部下ができてそいつや先輩と

一緒に飲みに行ったりしてた。

月に2回か、

多くて3回くらいだった。

それで、

その日も職場の飲み会だったんだよな。

4月に歓迎会やってあったんだけど、

一応大手で部署や課やなんだかんだで

その年3回目の歓迎会だった。

正直今、あの日に戻れるなら、

もう歓迎会2回もやってるし、

出なくてもゴチャゴチャ言われるような

会社じゃないから帰る。

妻が心配だって言ってすぐ帰る。

なんなら1日有給取って、

妻を遠いけど待たない総合病院まで

連れて行くだろうな。

でもあの頃の俺はとにかくバカで、

まだ転職フィーバーだった。

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転職してからは、

「仕事なら仕方ないだろ!

職場の飲み会は仕事だ!」

みたいな感じだった。

妻の持病って、

命に関わるものじゃなかったけど、

時々発作みたいになる

(例えば過呼吸とか、軽い喘息とか、

そういうものだと  思ってほしい)

歓迎会や送迎会は仕方ないけど、

先輩とか部下との飲みを少し減らして

家にいてほしいと言われてたんだ。

持病の発作の不安もあっただろうけど、

転職してからフィーバーして

変わっていった俺を見るのも

不安だったのかもしれない。

前までは俺、

仕事は金を稼ぐ場所で

友達を作る場所ではない、

仕事は家族と暮らすためのものって

考えだったんだ。

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妻もそのタイプ。

でも転職してから、

職場で仲いい友達みたいな同期が

男女問わずできたり、飲んだりした。

あまりにも極端に変わった俺に妻は

「変わったね、

そんなに楽しめるようになったなら

転職して本当に良かった」

と言っていた。

妻は過去にちょっと色々あって

対人恐怖的なところがあったけど、

ごくたまにあった妻同伴の飲みとかには

嫌な顔もしないで参加してくれたよ。

放置して何度も飲みに行かれるよりは

自分も参加して紹介してもらったほうがいいと言ってた。

無理してたと思う。

持病で具合が悪い時の妻は、

そのタイミングで先輩とかと飲みに行く俺を

軽く引き止めるようなこともあった。

「家にいられない?」

みたいな感じで。

でも俺はそれで予定を取りやめたり、

そもそも誘いを断ったことすらなかった。

誘われればいつもOKという、

連絡もろくにせずに終電近くまで飲む。

3年目なのに

まだフィーバーしてるバカだった。

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「妻の具合が良くないのですみません」

も言えないバカだった。

それでその日だけど、

前日から高熱のあった。

(これは持病じゃない。

後から聞いた話だと風邪と、

なんかの感染症で臓器に

炎症があったみたいだった)

でも妻は、明日仕事休めない?とか、

病院に連れて行ってほしいとか、

飲み会欠席できないかとか言わなかった。

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たぶん言っても無駄だって

知ってたんだと思う。

前日から、いつも作ってくれてる弁当は

さすがに無理だと言って

お昼代をくれてた。

その日も同じ、

それでも朝飯の食パンを焼いてくれて、

目玉焼きがあった。

いつもみたいに

いってきますのキスをした。

妻はいってらっしゃい、

気をつけてって言ってた。

出かける前に

飲み会の話はしなかった。

昼にメール送ったら返信があって、

39度台だって言ってた。

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俺は普通に飲み会にいって、

帰ったのは11時過ぎ。

妻は家の中の階段の下に倒れてた。

救急車を呼んだけど、

もうあったかくないのはすぐわかった。

朝あんなに熱かった

妻の体は冷え切って、

目も開かなかった。

その日は俺のワイシャツや

靴下の予備がなくなるから

洗濯して干したっぽい。

それで暑い日で熱があるし、

ポカリとか買い置きしてないしで

脱水も起こしてた。

昼間二階のバルコニーに

洗濯干して、ベッドに寝て、

なんか用事で一階に下りるときに

熱でふらついて落ちたらしい。

頭打ったのもあるけど、

熱がかなり高かったのか脱水もあって

そのまま推定時刻は夜の8時過ぎで、

普段ならとっくに家に俺がいる時間だった。

なんで飲み会行ったんだろう。

仕事なんて有給取るの

推奨されてる会社なんだから

休んで病院連れてけばよかった。

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前の日だって

熱で不安になってて、

愛してるとか言って欲しそうだったのに

スルーした。

妻がポカリ買ってきてって

夜に言ってたの覚えてるのに

明日なって言って寝た。

俺は仕事してるのに、

具合悪いとしても

在宅パートの妻が食事作らないとか

靴下用意しないのは

どうなんだよってどっかで思ってた。

正直言って、

あまり学力や学歴が高くなくて

知識の少ない妻を

頭のどっかで見下してた。

転職して、

専門的な知識をもった

先輩とか上司とか

同期のやつと話すのが楽しくて、

帰ってからも妻の作ってくれた

メシ食ったり、妻と晩酌しながら

職場の人とラインとかやってた。

妻のメシはめちゃくちゃうまくて、

妻の仕事が忙しい時でも

できるだけメシ作ってくれてたのにな。

妻の相談とかはたいして

真面目に聞かないこともあった。

妻が家からいなくなって、

後悔しかない。

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笑って俺の隣にいてくれるだけで

どんなに幸せだったか。

俺がブラックの時だって

あんな給料でやりくりしてくれてた。

持病で体調悪いことかなりあるのに

在宅の事務パート見つけてきて

働いてた。

後悔してもしきれない。

いろいろ済んでから

上司に妻がいなくなったこととか、

これまでのことを話したら

怒られて謝られた。

上司は愛妻家で、

俺の妻がそんな状態なら

誘わなかったと悔やんでた。

仕事は相変わらずやってる。

妻の作った煮物が食いたい。

今度は具合悪かったら

俺が食事作るから。

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妻は俺が具合悪いと

すぐ病院連れてって

粥作ってリンゴ擦ってくれた。

俺はできないからとか

言わないで粥くらい作るよ。

病院連れてくから

頼むから戻ってきてほしい。

何もしないで

笑っててくれるだけでいいんだよ。

ごめん。

妻の顔思い出したら

泣けて泣けて画面があんま見えない。

いつも一緒に飲んでた発泡酒、

毎日飲んでる。

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5月の木曜だったから

思い出したんだ。

妻とは実家が近い

幼馴染同士だった。

だから妻といた年数が、

生きてる時間の半分以上ていうか

ほとんどだった。

妻がいないと

何をどう生きたらいいかわからない。

大事な奥さんがいる人は

何よりも大切にしてください。

俺みたいなバカやらないでくれ。

いなくなったら

どんなに後悔しても

もう会えないんだ。

奥様のご冥福を心よりお祈り致します。

これについてネットの反応

・辛い1年だったろうね。

お悔やみ申し上げます。

・いなくなってからじゃ遅いんだよ!!!

・高熱の嫁を置いてよく飲みに行けたな

・色々いう人もいるけど、

後で気づいて後悔しているあなたが

一番辛いんだから。

・人間そういう時もある。

でもそれが死に繋がってしまったことは

残念で仕方ないですね。

最低、という人や、

辛いだろうなという人、

両方の意見がありました。

起きてしまったことは、

どうすることもできません。

このことを背負いながら、

これから奥さんの分まで精一杯

生きて欲しいです。

■ 一周忌を過ぎてなお、癒えることのない「もしも」の嵐
妻がいなくなってから、二度目の5月がやってきた。
カレンダーがその木曜日を指し示すたびに、俺の心臓はあの日の夜と同じように、冷たくて鋭いナイフで抉られるような感覚に陥る。

「仕事だから仕方ない」
「社会人としての付き合いだ」
あの日、俺が自分に言い聞かせていたあの言葉たちは、今では俺を断罪するための呪いとなって響いている。
職場のデスクに座っていても、ふとした瞬間に、39度の熱で震えながら俺に「ポカリ」をねだった妻の細い声が耳元で再生されるんだ。

「明日な」

たった三文字。その三文字が、結果として彼女の命を、そして俺たちの未来を終わらせた。
俺が飲み会で、大した中身もない笑い話に興じ、ビールを煽っていたあの時間に、彼女は一人、暗い階段の下で、誰にも助けを呼べないまま息を引き取った。
その孤独を、その恐怖を、俺は一生かかっても償うことはできない。

遺品整理で見つけた、一冊の古いノート
四十九日が過ぎ、ようやく妻の部屋……いや、俺たちの寝室の遺品を整理し始めた時のことだ。
ベッドサイドの引き出しの奥から、一冊の小さなノートが出てきた。
それは、彼女が日々の献立のアイデアや、在宅ワークのメモを記していたものだった。

ページをめくると、俺が転職して「フィーバー」していた時期の記述があった。

『〇月〇日。今日も旦那さんは飲み会。最近、お仕事が本当に楽しそうで良かった。前の会社では毎日死にそうな顔をして帰ってきていたから、今の笑顔が見られるだけで、私はそれだけで十分幸せ。
でも、ほんの少しだけ、寂しいって言ったら困らせちゃうかな。
明日は、旦那さんの大好きな肉じゃがを作っておこう。』

ノートの端には、小さな、本当に小さな字でこう書かれていた。

『お願いだから、あんまり遠くへ行かないでね。』

俺は、その場でノートを抱きしめて号泣した。
彼女は俺の「変化」を喜んでくれていた。俺が新しい環境で輝いていることを、自分のことのように誇りに思ってくれていた。
それなのに、俺は彼女を「知識が少ない」と見下し、ラインに夢中になって、彼女が精一杯作ってくれた料理の味さえろくに覚えていなかった。

彼女は、俺が遠くへ行ってしまうことを予感していたんだ。
物理的な距離ではなく、心の距離が、少しずつ、でも確実に見知らぬ場所へと離れていくことを。

■上司の言葉、そして「空っぽ」の家
妻を亡くしてからしばらくして、あの愛妻家の上司が俺を飲みに誘ってくれた。
かつてのようなどんちゃん騒ぎではない。静かな居酒屋の片隅で、上司は俺にこう言った。

「お前を誘い続けた俺にも責任がある。だがな、これだけは覚えておけ。仕事は代わりがいるが、家族の代わりは世界中どこを探してもいないんだ。」

上司の目は潤んでいた。
「お前がこれからどう生きるかは自由だ。だが、奥さんがお前に望んでいたのは、今の自分を責め続けて廃人になることじゃないはずだぞ。」

分かっている。頭では、痛いほど分かっているんだ。
でも、仕事から帰ってきてドアを開けた瞬間、「おかえり」の声が聞こえない絶望に、俺はまだ慣れることができない。
スーパーに行けば、無意識に妻が好きだったお菓子をカゴに入れそうになり、レジの前で立ち尽くす。
キッチンに立てば、彼女が使っていたエプロンの、かすかに残る洗剤の香りに足がすくむ。

「ポカリ、買ってきたよ。」

あの日、言えなかった言葉を、俺は毎日仏壇の前で繰り返している。
ポカリ、冷えピタ、お粥、リンゴ。
彼女が必要としていた全てのものを、俺は今なら用意できる。
車を飛ばして、どんなに遠い病院だって連れて行く。有給だって、退職だって、彼女を救えるなら喜んで差し出す。
でも、神様は一度として、俺にやり直しのチャンスをくれない。

ネットの反応への「答え」
この話を投稿した時、たくさんの批判を受けた。
「人殺しと同じだ」「最低な旦那」「信じられない」
その通りだと思う。俺は、自分自身の身勝手さと傲慢さで、世界で一番大切な人を殺したんだ。

一方で、「辛いだろうけど、前を向いて」と言ってくれる人もいた。
でも、前を向くって何だ?
彼女のいないこの世界で、何を目指して歩けばいい?

幼馴染として過ごした二十数年。
喧嘩した日も、笑い転げた日も、貧乏でモヤシばかり食べていた日も。
俺の人生の全ての記憶に、彼女の笑顔が焼き付いている。
彼女がいない世界は、俺にとって色のない、音のない、ただの空虚な空間でしかない。

■これからを生きる君たちへ
これを読んでいる人に、俺から伝えられることは一つしかない。
「仕事」や「付き合い」を理由に、目の前で苦しんでいる家族の手を離さないでほしい。

熱がある。体がだるい。
そんな、ありふれた不調が、まさか死に直面しているなんて誰も思わないかもしれない。
でも、人の命は、驚くほど簡単にあっけなく消えてしまうんだ。
「明日な」という言葉は、相手に明日があることが前提の言葉だ。
でも、その「明日」が来ないこともある。

俺は今でも、毎日発泡酒を二つ用意する。
一つは俺の分、もう一つは彼女の分。
「今日もお疲れ様。ごめんな、守ってやれなくて。」

窓の外では、あの日と同じ5月の風が吹いている。
もし、もしも奇跡が起きて、あの日、俺が飲み会を断って家に帰っていたら。
今頃、二人でくだらないテレビ番組を見て笑い合い、彼女の作った少し甘い煮物を食べていたんだろうか。

「愛してるって言って」

あの夜、彼女が最後に求めたその願い。
俺は今、宇宙の果てまで届くような声で叫び続けている。

「愛してる。愛してるよ。だから、帰ってきてくれ。お願いだ。」

返ってくるのは、しんとした静寂と、冷え切った部屋の空気だけ。
俺はこれからも、この消えない後悔を背負って生きていく。
それが、彼女を見捨てた俺に課せられた、唯一の罰だから。

【※感動※】父からお下がりのパンツをもらった。そこに入っていた昭和63年のレシート。買った物を知り泣きそうになった・・・

【※止まない雨※】雨でズブ濡れの女の子を助けたら、突然目の前で服を脱ぎ始めた・・・

【※切ない…※】学生時代に気になっていた「貧乏な後輩」。しかし時間が経ったことで、それが恋だとわかり…。