波止場に着いたオラと黒磯さんは車を停め、海を眺める。
手にはコーヒー。
黒磯さんは、タバコを吸い始めた。
「……お嬢様には黙っててくださいね。タバコ、嫌いなんですよ」
「……分かりました」
オラと黒磯さんは、海を眺める。
遠くに見える雲はとても大きく、海鳥の声が耳に響き渡る。潮の香りは、どこか心地いい。
海を眺めながら、黒磯さんは話してきた。
「……私も、妻とケンカしたら、よくここに来るんですよ」
「……上尾先生――ああ、今は、黒磯先生でしたね。奥さんとですか?」
「はい。彼女、メガネを外すと気性が荒いでしょ?だから、しょっちゅう……」
黒磯さんは、照れ臭そうに話す。
黒磯さんと上尾先生は、結婚していた。もう、十数年前の話だ。
確かに、上尾先生はメガネを外すと強気になる。それでも、黒磯さんとは幸せに生活してるようだ。今の黒磯さんの表情が、それを物語る。
「……一緒に暮らしていれば、ケンカの一つや二つくらい、いつでもあります。相手に分かって欲しい。自分の気持ちを、言葉を、相手に伝えたい。
そんな想いが、ぶつかり合うのがケンカですから」
「………」
「ひまわりさんだって、そうじゃありませんか?もちろん、しんのすけくんも。そういう時は、とことん話し合うべきです。
ケンカはしないに越したことはありません。……ですが、たまのケンカは、時にいい方向に転ぶこともあります。
――雨降って地固まる、ですよ」
「………」
すると黒磯さんは、タバコの煙を吐いた後、コーヒーを一口飲んだ。
「……今日は、家に帰ってあげてください。お嬢様には、私から説明しておきます」
「え?でも……」
「ひまわりさんに、よろしく言っておいてください」
黒磯さんは、そう言って笑っていた。サングラスの奥には、優しい眼差しが見えた。
オラは頭を下げて、その日は、家に帰った。