冷静になった俺は最終戦のために残しておいた作戦を発動した。
「セルフサービスの水をもらいに行かない作戦」である。
だが、これは、自分にもデメリットを伴う。
喉が乾いていても、水が飲めないという点である。
あの水分を奪うドレッシングの攻撃をかわしつつ、サラダを完食しなければならないのだ。
オーダーの前に水を取りに行くというのも、考えたが、それはこの戦いのルールに反する。オーダーをしてからが勝負の始まりなのだ。
これは恐らく愛川・大場ペアも予想していなかっただろう。
これまで俺はこのような戦いを予想し、毎回のように水を取りに行っていた。
そんな俺が初めて水を取りに行かなかったのだから。
――そして、時は来た。
運ばれてくるシェフサラダ。それを持つ大場さん。
そしてそれを見ている俺。
ささっ、とシルバーボックス(銀食器の入った箱)を俺の手の届きやすいところに置き、完璧な準備をして待つ。
一切油断はない。
「お待たせしました。シェフサラダでございます。」
テーブルにシェフサラダが置かれる。
俺は「ありがとうございます」と軽く会釈をしつつ、フォークを持ち上げながら、サラダと向き合う。
その瞬間、俺の脳内で衝撃が走った。
(いつもより…量が多いだと…?)
少しだけだが、ほんとに少しだけだが、量が多い。
よく考えれば、俺は、全従業員の内のホールに出ているスタッフの確認しか行ってこなかった。
今日に限ってサービス精神のある『キッチンの』従業員がいたとは…。
しかし、戦いは始まっている。
ここまでの思考は、わずか0.5秒(体感)のうちに終え、即座にサラダを食べはじめる。食べ始めればあっという間だった。
わざわざ腹をすかして店にきていることもあり、すぐにサラダは半分まで減った。
俺は、満面の笑みを浮かべ、しかし、食べる手を止めなかった。
まさに猛攻だった。
その時である。
?『失礼します。お呼びでしょうか。』
(なに!?…じゅ、従業員だと!?)
禁煙席に座った俺には見えなかった3人目の従業員がいた。
―――二十歳前後の新人女性アルバイターである。