カホの異常さはいやでも目についた。
その日はめずらしく『家族三人』での食事だった。
だけど、会話らしい会話はほとんどない。
カホが一方的にしゃべっているだけ。
以前までは父も話していた。
だけど最近は、声を聞くことさえなかった。
父が食事を終えて、リビングから出ようとしたときだった。
「お風呂に入るでしょ?」
静かな居間に、カホの声がひびく。
父は立ち止まりこそしたが、ふりかえりはしなかった。
その背中にカホはまた同じ言葉をかける。
「お風呂に入るでしょ?」
「……あとにする。先にキミが入れ」
「お風呂に入るでしょ?」
背筋が薄ら寒くなるのを感じた。
この女はついに父にまで、自身のもつ狂気を向けたのだ。
「俺はやることがあるんだ。
あとから入るからお前とユイが先に入れ」
父の声は明らかに苛立っている。
「お風呂に入るでしょ?」 何度目かになるカホのセリフ。
カホの顔には、あの微笑みが張りついていた。
「お風呂に入るでしょ?」
父がカホを振り返る。
「……わかった。入るよ」
「うん。一番風呂で寒いかもしれないけど我慢してね。
あ、お父さんが出たら次はユイちゃんが入ってね」
私はだまってうなずいて料理を口にする。
口にふくんだカホの料理は冷めきっていた。