婆 「おやおや、難しい顔をしてどうしたんだい?
ちょいとお茶にしようかね」
気まずい雰囲気の二人を他所に
平気で饅頭を頬張る婆ちゃん。
もうとっくに90歳近いのに元気だわ。
婆 「じゃあ、そろそろ寝ようかね。
お嬢さんは婆といっしょでいいだろ?
それから、お前は自分の部屋で寝ろ。
一晩寝てよーく考えな」
俺 「いや、婆ちゃん、考えるって何をだよ……」
婆ちゃんは俺の質問に答えることなく、
彼女の肩を優しく抱いて
自分の部屋へ 戻っていきました。
また、婆ちゃんに助けられた気がします。
しばらくは居間で
ボーっとしてたけど、
することがないんで
自分の部屋に戻ることにした。
ベッドに横たわり天井を見つめていたら
引き篭もってた頃のことが
頭に浮かんできます。
あの頃もこうして
毎日天井を見つめてたよな…
後輩さんがいなくなって辛くて、
悲しくて、やるせなくて…
彼女ともう一度会いたい、
話をしたい、笑顔を見たい、
そして色んな場所へ行ってみたい
そんなことばかりを
毎日毎日考えてました。
もう10年以上経ってるのに
当時を思い出すと
胸がきゅぅ~っとなってくる。
そしてなんともいえない
焦燥感が襲ってくるんだわ。
じっとしていると歯が浮いてくるような感覚。
この感じはまさに厨坊の俺が
悩まされたあの感覚。
彼女が手の届かないところに
行ってしまって
体調まで崩した俺。
今、彼女が手の届くところどころか
同じ屋根の下に居てくれるというのに。
いったい何が気に入らないと言うんだろう?
あれだけ会いたいと思ってた人に会えたのに…
必死の願いが今、叶ったのに
俺は何にこだわってるんだろう?
そう思うと、
いてもたってもいられなくなって
気がついたら婆ちゃんの部屋の前に
立ってました。
そして声を掛けようと思ったら
中から話し声が聞こえてくるわけです。
婆 「……そうかい、後輩さんは
あの子のことを考えてくれてるんだね。
ありがとうね」
彼女「でも……私、先輩に
酷いことしてしまったのかと……
だからもう 嫌われて
しまったんじゃないかと……」
婆 「大丈夫だよ。あの子は
後輩さんのことが好きで
堪らないんだよ。
だから悩んでるんだと思うよ。
あんなんだけど優しい子だからね」
俺は襖越しに声をかけることにしました。
俺 「あのさ……ちょっといいかな」
婆 「おやおや、そこに居たのかい。
入って来るかい?」
俺 「いや、それはマズイでしょ」
俺はさっきまで考えてたことを
話すことにしました。
今、きちんと話さないと、
また後悔すると思ったから。
俺 「あのさ、うまく言葉にできないんだけど…
俺、中学の頃に後輩さんが居なくなって
悲しかったんだよね。
だから、後輩さんと再会できただけで
凄く嬉しかったんだ。
でも、もうそれだけじゃ
満足できなくなってしまってさ…」
そこまで話した時に
頭の中で何か急に映像が閃いたんだわ。
それは彼女に渡した写真。
そして裏に書いた文字…
あの日、
俺は顔を真っ赤にしながら
一文字一文字丁寧に書いたんだよ。
『次に会えたらボクの彼女になってください』
ってね。