女『男くん、久しぶり』
男『あぁ、久しぶり。どうした?』
女『うん、報告をね、しようと思って』
男『何の……報告?』
女『友くんとね、結婚することになったの。今度の六月に結婚式もする。十年もかかっちゃったけど、やっとゴールイン』
男『………………』
女『男くんにね、最初に報告したかったの。ずっとずっと、長い間良くしてくれた男くんに……』
男『そう……か』
女『うん……結婚式、来てくれるよね?』
男『………………』
女『………………』
男「気が付いたら月曜日の朝だった。電話は切れてて、会社に行く時間だった」
後輩女「男先輩……」
男「涙は出なかった……『おめでとう』も言えなかった……ただ、終わったと思った」
後輩女「終わった……? 何が……ですか?」
男「俺の……これまで生きてきた全てが」
仕事をしていれば彼女のことは忘れられた……でも愛はまだそこにあったんだ。
伝えてはいけない想いを抱え続けるのは辛かった……だからいつも煙草を吸って煙と一緒に吐き出そうとした。
どれだけ吐き出しても無くなりはしなかった……想いは奥深い底にあったから……。
自分の想いなんてどうでも良かったのに……彼女が幸せになるならと思って二人の関係を取り持ったはずだった。
免許証も車も、彼女から連絡があればすぐに駆けつけられる様に用意した……彼女のところへ車を運転する機会は一度も無かった。
品質管理部に異動して仕事はさらに忙しくなった……馬車馬の様に働いている時間だけは彼女への想いを忘れられた。
就職と同時に引っ越した部屋に荷物は増えていかなかった……欲しいものはたった一つだけだったから……。
時間が経てば経つほど彼女への想いが重くなっていく……煙草の本数ばかりが日に日に増えた。
コンビニに行けば自然とカートンで煙草を買った……灰皿も大きいものを用意した。
俺が吐き出していたものは煙と無為な時間だけじゃないのか……そう感じても本数は減りはしなかった。
あの二人の噂を聞くことも無くなった……元々友人は多くなかったから……。
自分が何をしているのかわからない時もあった……ライターのオイルを飲みそうになったこともあった。
壊れるのも間近だろう……もう壊れてるのか……煙草で指を焦がして思った。
そんな頃……後輩の女の子がやってきた。
小さくて可愛い女の子だった……おっとりしていた彼女とは反対に、少し気が強そうだと感じた。
女の子は緊張しているようだった……それもそうだ、初めての就職なのだから。
女の子は物覚えがとても早かった……勉強が苦手だった彼女に教えていた俺は物を教えることにはそこそこ自信があったが、それでも早かった。
女の子はやはり気が強かった……『するべき』が口癖の、少し変わった女の子だった。
わからないことはいつも遠慮がちに訊いてくる……子猫にも似た女の子はいつからか俺の安らぎになっていた。
『煙草は止めるべきです』
いつ頃からだろう……あれだけ吸っていたのに、気が付いたら一日一箱も吸わなくなっていた。
『おかえりなさい』
いつか愛する人から言ってもらいたかった言葉……君に言ってもらえて嬉しかった。
『彼女とか、彼女とか、そういう話をするべきです』
君には言えないよ……いつまでも昔の想いを引き摺る様な馬鹿な男だと思われたくないから。
『……じゃあ、わたしが休日付き合ってあげても良いですよ?』
一度断ってごめん……本当は凄く嬉しかったよ。
『だから、わたしのことを知る必要なんて無い……と思っているんですか?』
知りたい……けど怖かった。君が何も無い俺を知って、今の関係が壊れるのが怖かった。
君に……嫌われたくなかった。
優しい時間だった。君といる穏やかなその時は、彼女への想いを忘れられている自分に気付いた。
女の子と出会ってもうすぐ一年になる頃……彼女から電話があった。
男「俺は許せないんだよ……二十年近くも愛していた人の結婚を祝福してやれない自分も、いつまでも変わらないと思っていた愛がありながら、
こんな短い時間の付き合いで君を好きになってしまったこの心も……!」