すると香澄さんは足を止めた。それに続くように、僕としんちゃんも足を止める。
香澄さんは空を見ていた。
晴れ渡った青空には鳥が舞う。空に広がる白い雲は、風に流され形を変える。
体を大きく伸ばした香澄さんは、見上げたまま続けた。
「……家、帰ってあげなよ。私はしんちゃんのお父さんやお母さんがどんな人か知らないけど、しんちゃんの両親なら、きっといい人達だと思うよ。
だってしんちゃんは、こんなに素直だし、こんなにいい子なんだから。まあ、ちょっと女好きではあるけどね。
子供は親に似るって言うし、しんちゃんの両親も、なんとなくだけど、どんな人か想像出来るんだ。
――きっとその人達は、しんちゃんの帰りを待ってるよ」
「……」
そして香澄さんは、しんちゃんに視線を戻した。
「……しんちゃん、お父さんとお母さんを大事にしないとダメだよ?
親はいつかはいなくなるんだよ。その時に後悔しても、それは遅いの。声が聞こえるうちに、言葉が届くうちに、手が届くうちに、色んな事をしてあげなよ」
お姉さんは、優しく語り掛ける。だけど、言葉のあちこちにどこか寂しそうな気持が見えていた。
……その理由は、きっと聞かない方がいいのかもしれない。
「……お姉さん……」
しんちゃんも、それを何となく分かっているのかもしれない。
とても、悲しそうな顔をしていた。
「これは、お姉さんからの忠告だからね。……じゃあ、ばいばい」
僕らに手を振った香澄さんは、そのまま歩いて離れていった。
しんちゃんと僕は、ただ小さくなる彼女の背中を見つめていた。
「――そうか……佳澄が、そんなことを……」
お爺さんの家に戻ったしんちゃんは、香澄さんの話をしていた。
「ねえねえ爺ちゃん、お姉さんの家に行かないの?」
「なんでだ?」
「だって爺ちゃん、お姉さんの母ちゃんに会いたそうだよ?」
「……そう見えるか?」
「うん。そう見える」
すると、それを聞いていたお婆さんが、声を出して笑い始めた。
「ハハハ……!子供は正直やね!……あんた、意地を張ってないで、顔見に行こうよ」
「う、ううん……」
お爺さんは、困ったように頭をかく。
「……その前に、しんちゃんを家に送らないとね」
「……オラを?」
「……そうやね。そろそろ、家に帰すかね……」
お爺さんもそれに続き、しんちゃんを見つめる。
「でもオラ……」
「口ではそんなこと言っても、坊主、お前、帰りたそうな顔しとるよ?」
「……そう見える?」
「ああ。そう見える」
しんちゃんは困ったように頭をかいていた。
それを見て、お爺さんとお婆さんは笑っていた。とても優しく。その笑顔は、昨日までとは少し違う。
だけど、とても暖かいものだった。