ここまで考えて、俺ははじめてある結論にたどりつくことができた。
だますのは手段であっても、目的ではないんじゃないかって。
俺がウソをついた際の給料のあがり具合。
会長や母親に対してウソをついたさいは、かなり額があがった。
それに対して演説のウソのときは、逆にほとんど増えなかった。
そして、俺の給料がだんだんあがらなくなったこと。
十代が対象になっていたわけ。
これらのことを考えたとき、ひとつの答えが出た。
給料の基準になっているのは、ウソの質じゃない。
ウソをついたさいに生じる罪悪感だ。
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これは俺の勝手な予想なんだけど。
おそらくウソをつかなくても、罪悪感を感じさえすれば、
勝手に給料はあがっていくと思う。
多くの人がこのバイトをやめる理由も、これで解決するわけだ。
時間は感覚をうばう。
ウソに慣れれば、当然罪悪感や後ろめたさなんてものは感じなくなる。
「先輩はこのことを知ってたんですよね?」
「もちろん。そうじゃなきゃ、あの子にこのバイトをすすめなかったよ」
そう。人一倍、いい人である会長だから。
先輩はこのバイトをすすめたんだ。
