手をふりほどこうとしたが、彼女の力は予想外に強くてふりほどけない。
おはよう、とまたくりかえす。
本気でこの女がなにを考えているのか、想像できなかった。
「おはよう」
声の調子も表情も、なにひとつ変わらない。
私は無意識に息をのんでいた。
「おはよう」
「……」
「おはよう」
私は気づいたらあいさつを返していた。
「おはよう」
「今日もいい天気だね。あっ、冷蔵庫にサラダあるから食べるんだよ」
カホはもう一度にっこり笑って言った。
「じゃあ『お母さん』は大学、行ってくるから」
あの日からカホは変わった。
「ご飯を食べるときは、いっしょにいただきますをしようね。
『お母さん』より先に食べたらダメだよ」
「洗濯機にものを入れるときは、下着や靴下はべつべつで洗うって言ったでしょ?」
「床にものは置いちゃダメだよ。 この前も『お母さん』言ったよね?」
小言が増えただけのように思えるけど、それは誤解だ。
最初のころは、意地になって私はカホの言葉を無視しつづけた。
普通の人間だったら、あるていど無視されれば
怒ったりあきらめたりするはず。
だけど彼女はちがった。