女「塀から飛び降りましたよ」
男「……内側にね」
女「わたしは嘘はついてませんよ。一度も飛び降りるなんて言ってません」
男「……そのとおりです」
女「そう、結末は決まってます。どうせここでタヒななくてもいつかはタヒぬ」
女「だったらみっともない、みじめな人生を続けてもいいかもしれません」
女「あなたは言いましたね」
女「『タヒぬって決めたら、こころにゆとりができません?』って」
男「そんなこと言いましたっけ?」
女「ええ、はっきりと」
女「みんな最後はタヒぬって思ったら、少し生きようと思いました」
女「もう少しだけ、生きてみじめな思いをしようと決めました」
男「……後悔するかもしれませんよ」
女「そうしたら、タヒにます」
男「また後悔するかもしれませんよ」
女「だったら、生きて後悔するほうをとります」
男「あなたは変な人ですね」
女「あなたに言われたくありません」
女「あなたのせいで、わたし、生きることになりましたから」
男「ひどい言い草ですね」
女「ホントですよね」
男「僕ならいいですけど、ほかの人とお話するときは、もう少し言葉を考えたほうがいいですよ」
女「そっくりそのままおかえしします」
男「あはは、たしかに僕も人のこと言えませんね」
女「認めたくありませんが、案外わたしたちって似たものどうしなのかも」
男「……この手は?」
女「握手です」
女「わたしはあなたがきらいです」
男「あれ? 生きてなければきらいじゃないみたいなこと、言ってましたよね?」
女「あなたは例外です」
男「あらら。タヒんでから、生まれてはじめてフラれるなんて。悲しいですね」
女「はいはい、わかりました」
男「……握手、どうすればいいんでしょうか?」
女「細かいことは気にしないでください」
女「ただ、わたしの手を握ってください」
男「……はい」
女「ふふっ……やっぱり変ですね」
男「あはは、手が微妙に透けてますね」
女「かんちがいはしないでくださいね。わたしは、あなたのことがきらいですから」
男「しつこいですね、あなたも」
女「あなたには負けます」
男「どうでしょうね」
女「……きらいなあなたのせいで、わたしは生きようと思っちゃいました」
男「あなたらしいセリフですね」
女「でも、ありがとうございます」
女「あなたに会えて、本当によかったです」
男「……」
男「やだなあ、勘弁してくださいよ」
女「?」
男「もっと生きたいって思っちゃうじゃないですか」
女「じゃあいつか、あなたがタヒにたくなるぐらい幸せな姿を見せてあげますよ」
男「いつごろになりますかね」
女「知りません。生きてるうちに、とだけ言っておきます」
男「楽しみにしておきます」
この物語はここで終わりです。
これ以上は蛇足になると思いますから。
でもひとつだけ言っておきます。
わたしは今も生きています。