「……結婚、か……」
ふと、ひまわりに言われたことを思い出した。
結婚と言えば、忘れもしない出来事がある。
……ななこさんの、結婚だ。
オラが小学校の時のことだった。
ななこさんは就職し、同じ職場の男性と結婚した。
とても、いい人だった。その人を見た時、オラは全てを諦めた。この人なら、ななこさんを幸せに出来る――小学生ながら、生意気にも、そんなことを考えていた。
しかしまあ、ひたすら泣きまくったものだ。
そんなオラに、父ちゃんは言った。
『想いが成就することは、人生の中では少ない。人は誰かと出会い、想い、こうして、いつか想いを断ち切らなければならない時が来る。人生ってのは、そうやって繰り返されていくものだ。
――でもな、しんのすけ。大切なのは、その時に、どういう気持ちでいられるかってことだ。
ななこさんは、きっと幸せになる。本当にななこさんの幸せを思うなら、彼女の門出を祝ってやれ。
泣きたいときは、父ちゃんが一緒に泣いてやる。だから、祝ってやれ。それが、お前に出来る、最大の愛情表現だ―――』
そしてななこさんは、結婚した。
今では、二児の母となっている。時々家にも遊びに来る。幸せそうな彼女の笑顔を見ると、こっちまで幸せになる。
憧れは思い出に変わり、思い出はいつまでも心を温めてくれる。
そうやって、人は大きくなる―――
これも、父ちゃんの受け売りだ。
(ひまわりも、いつか結婚するんだろうな……想像も出来ないけど)
ひまわりのことを思うと、思わず笑みが零れた。
どうもオラはひまわりに甘いところがある。たった一人の妹で、大切な家族。オラの、大切な。
今はただ、彼女の幸せを祈りたい。
父ちゃん達が他界した時、ひまわりは塞ぎ込んでしまった。
学校にも行かず、ずっと仏壇の前で泣いていた。
今では、それも嘘のように元気だ。
でもひまわりは、家族がいなくなることにトラウマが残っている。
一度、オラが事故で病院に運ばれた時、泣きながら病院に駈け込んで来た。
病室で眠るオラに、大声で泣きながら『置いてかないで』と叫んでいた。
オラは寝てるだけだったのにな。
今はどうかは分からない。
ただ、彼女を心配させないためにも、オラは元気でいないといけない。
今のところ生活も安定している。
このまま、平穏に暮らせていけば、それ以上に嬉しいことはない。
「……そろそろ寝るかな」
寝室に戻ったオラは、布団に潜った。そして、静かに目を閉じた。