それから2週間経った。
オラがようやく見つけたのは、小さな工場の作業員だった。
正直、手取りはほんのわずかだ。それでも、働けるだけ運がよかったと言えるのかもしれない。
……しかし、この工場の勤務時間は以前の職場よりも長い。これまで夜7時くらいには家に帰れていたが、帰宅するのはいつも夜11時過ぎなった。
当然、夜ご飯など作る時間はない。
「……お兄ちゃん、最近帰るの遅いね……」
オラにご飯を持って来ながら、ひまわりは呟く。
「……ちょっと、な。働く部署が変わったんだ」
「そうなんだ……なんか、毎日クタクタになってるね」
「まあ、慣れるまでは時間かかるかな……」
ご飯は、ひまわりが作っている。と言っても、冷凍食品が主ではあるが。
それでも作ってくれるだけありがたい。ご飯は水が少なくて固いが、それでも暖かい。
ひまわりに悟られないように、スーツで出勤する。そして仕事場で作業着に着替えるという毎日だ。
はじめ工場長も不思議がっていたが、密かに事情を説明すると、それ以降は何も言わなくなった。
仕事は、かなり労力を使う。
単純な作業ではあるが、一日中立ちっぱなしだ。そこそこパソコンを使えるが、使う機会はほぼない。
流れ作業であるために、オラが遅れれば、後の作業に影響が出る。だから一切気が抜けない。
慣れない作業に、肉体と精神力を酷使し続ける日々は、とてもキツかった。
それでも、今は働くしかない。
休日のある日の朝、オラは目を覚ました。
日頃の疲れからか、体中が痛い。それでも起きて家事をしなければならない。
……だがここで、オラはある匂いに気が付いた。
(この匂いは……味噌汁?)
どこか、懐かしい香りだった。
フラフラした足取りで台所へ行ってみると、そこには鼻歌交じりに料理をするひまわりの姿があった。
「――うん?あ、お兄ちゃん、寝てていいよ」
ひまわりはオラに気付くなり、笑顔でそう言う。
「……お前、味噌汁作れたんだな……」
「し、失礼ね!ちゃんとお母さんから教えてもらってたんですー!」
「母ちゃんから……知らなかったな……」
オラがそう言うと、ひまわりは急に表情を伏せ、寂しそうに呟いた。
「……思い出しちゃうんだ。これ作ってると。――お母さんと、話しながら作ってた時のことを……。だから、いつもは作らないの」
「ひまわり……」
少しの間黙り込んだひまわりは、急に声のトーンを上げた。
「――だから、特別なんだよ?ありがたく思ってよね、お兄ちゃん」
はち切れんばかりの笑顔で、ひまわりはオラの方を見た。
それは、ひまわりなりの誤魔化しなのかもしれない。オラが心配しないための。自分の中の悲しみを大きくしないための。
ひまわりにとっての母ちゃんとの思い出は、暖かいものであると同時に、悲しみの対象でもある。味噌汁を作るということは、その両方を思い出させることになるだろう。
……それでも、彼女はオラのために作ってくれた。だからオラは、それに対して何も言うべきではないんだろうな。
「……いただくよ、味噌汁」
「……うん!」
そしてオラとひまわりは朝食を食べた。
味噌汁は、少し塩辛かった。でも、とても心に沁みた。