周囲の視線もまた彼に集う
そして彼は胸を挙げ声高に主張した
「長谷川君は今日で三日目だと思います」
その瞬間確実に時が止まった
教室中の、校舎内の
時が、止まる
「…は?」
奴は何を言って…
コンマ数秒後僕は奴の発言を理解する
理解、してしまう
「鈴木君急になn「奴はおかわりをしている!!」
何をいまさらと
理解せぬものは困惑する
おかわりをすることは不自然な事じゃない
そう、不自然な事じゃない
「彼はおかわりを連続で三日もしているっ!!」
連続で三日もしていなければ
おかわりは基本一日に一度まで
食べていない者がいればそれを優先
小学生が守らねばならぬ絶対の掟
全ての人が尊守すべき不文律
三日間の連続おかわりは
この絶対の掟に反するのではないかと
必然的に不公正な印象を見る者に与える
普段は重要な仕事もしていないクラス委員
毒にも薬にもならないクラス委員
まさかここにきて最大の障害になるとは
僕は夢にも思っていなかった
「おかわりは回数も量も皆に平等にあるべきだ!」
「それを彼はやぶったんだ!」
「連続で三日もだぞ!」
「どんだけ欲しがりなんだよ!大阪のおばちゃんか!」
「おかわりをしていない生徒だっている」
「ならば一人が過剰におかわりをしているこの現状!」
「許される行為だろうか、否!!」
「おかわりは公正を期すべきだ!」
彼の心からの叫びは
聞く者の心を動かした
他の奴だって三日位おかわりしてるだろ
そう突っ込んではいけない雰囲気
誤算だった
まさか彼にこんなカリスマがあったとは
醜いと嘲笑っていたアヒルの子は
誰よりも大きな翼を持っていた白鳥だったのだ
彼の演説に当てられ敗北者たちは光を取り戻す
折れかかっていた民衆に希望という名の光を与える
天を下し神へ届かんばかりのその一手は
まさに天を刺し穿つランス
ロンギヌスの異名がふさわしい
『蒼天を穿つ槍』〈チョットモノモウス〉
彼がこの時才覚したカリスマと共に
政界へと乗り出すのは後の話であり余談である
ガラガラッ
「あら遠山君?」
「遅れてすみません先生…」
「聞いてるから大丈夫だよー」
遅れて教室へと入ってきた少年
彼の名は遠山君
どうやら今まで保健室へ行っていたらしい
遠山君は貧血なのだ
彼自身以前からよく保健室へ行っていたから自然な事であろう
「一応荷物を取りに来たんです」
「今日は早退しちゃうのかな?」
「体調によってはまた午後の授業にも参加します」
「あら…そういえばプリンが」
「それじゃあ一応頂いてもいいですか?」
「もともと遠山君のだものね、はいどうぞ」
生徒たちは皆ここでようやく気が付く
今まで争っていたプリンは遠山の分だったのかと
そして争っていた騒動の根源は
彼、遠山君の手へと渡った
こうして給食のおかわりタイムは終わりを告げた
その始まりからは想像もつかぬ平和的収束だった
今日のプリンは流れたか
歴戦の勇士たちは戦の終わりを肌で感じる
ほっと胸をなでおろした
彼らは手を取り合い
互いの健闘を称えあう
戦が終わればまたいつもの日常に戻る
だって彼らは小学4年生なのだから
今日の給食タイムは穏やかに終わったと
知らずのうちに安息する戦士たちを誰が責められよう
だからこそ
誰一人気づけなかった
一人笑みを浮かべる野獣の姿を