男「飛び降りようとしてたからです」
女「……」
男「一週間前からずっと、あなたの背中に声をかけ続けてたんです」
男「でもどんなに呼びかけても、あなたは泣き叫んで僕の声をかき消すんですよね」
女「飛び降りれなくて。そのたびに泣いてたの、見てたんですね」
男「はい、ばっちり」
女「やっぱりあなた、ムカつきますね」
女「……なんか納得しました」
男「納得してくれるんですか?」
女「普通にコミュニケーションできる人なら、あんな止めかたはしないでしょうから」
男「たしかに。本当はもっとまともなことを言うつもりだったんですよ」
男「けど、今日になって僕の声はあなたに届きました」
男「不謹慎ですけど、嬉しすぎて舞いあがっちゃったんですよ」
男「『僕の声が届いた!』って、はしゃぎそうになりました」
女「のっけから言いたい放題でしたもんね」
男「はい、あんなに自分が口達者だとは夢にも思いませんでした」
女「ありがちな説教をされてたら、わたしはあそこから飛んでました」
男「じゃあ僕の説得は正解だったわけですね」
女「どこが説得だったんですか」
女「自禾殳することじたいは、止めなかったじゃないですか」
男「まあ結果オーライじゃないですか」
女「なに言ってるんですか?」
男「え?」
女「わたしがたどる結末は変わりません」
男「普通ならここで、僕の話を聞いて考え方を変えるって展開じゃないんですか」
女「あなたのおかげで救われたなんて、そんな展開はごめんです」
女「ですが、延長しようと思います」
男「延長?」
女「今日はむだにお話して疲れました」
女「ですので、明日の午前十一時にまたマンションの前に来てください」
男「え? あなたはどうするんですか?」
女「今日は寝ます」
男「は、はあ」
女「言っておきますけど、あとをつけたりしないでくださいね」
男「……読まれてましたか」
女「明日また会いましょう。おやすみなさい」
男「……おやすみなさい」
男「いやあ、長いんですよねえ」
女「会ってそうそうなんですか」
男「タヒんでからの夜は長いって話です」
女「わたしは夢を見てましたよ」
男「いいなあ」
女「夢の内容は教えてあげませんから」
男「聞きませんよ。それより、これからなにをするんですか?」