男「なんだか大きなバッグも、持ってますし」
女「あなたが使っていた部屋に行きます」
男「は?」
男「ど、どういうことですか?」
女「不動産屋に問い合わせたら、すぐわかりました。あなたが使っていた部屋のこと」
女「それから、現在は引越し時期ってことで部屋も偶然空いてるそうです」
男「いえ、そういうことじゃなくて」
女「いいからついてきてください」
男「……」
女「……手、引っ張ろうとしても触れないんでしたね」
男「スケスケですからね」
女「でもついてきてください」
男「わかりました」
男「うわあ、クリーニングされたんですね。すごいきれいになってます」
女「わたしの部屋よりきれいですね」
男「でも、なにもありませんね」
女「わたしたちしかありませんね」
男「……」
女「なにか感想は?」
男「いえ、正直この部屋を見ても、なんの実感もわきません」
女「ここで昔暮らしてたんだ、とかそういうのもありませんか?」
男「ひょっとして、僕を気づかってここにつれてきたんですか?」
男「だとしたら、申し訳ないんですけど……」
女「わたしは気づかいが苦手な人間です」
男「知ってますよ」
女「ここに来たのは、見てみたかったからです」
男「どこへ行くんですか?」
女「……おそらく、ここだけはほとんど変わってないんじゃないですか?」
男「なるほど」
女「ベランダ、どうですか?」
男「そうですね。そんなに変化はないですね。あ、でも柵は取り替えられたのかも」
男「でも、一番変わってないのはここからの景色かもしれませんね」
女「これが、あなたが見ていた景色なんですね」
男「ええ。どこにでもある、ありふれた光景です」
女「けど、わたしが見たいと思った景色です」
男「……」
女「本当に、なんの変哲もない景色ですね」
男「がっかりしましたか?」
女「よくわかんないです。でも、ここに来てもピンときませんね」
男「なにがですか?」
女「あなたって人がタヒんだ場所って」
男「そんなものですよ」
女「お供え物みたいなものも、このバッグに入れておいたんですよ」
男「嬉しいですね。でも、ここにものを置いていくと迷惑になります」
女「そうなんですよね。だから、いっしょになにか飲みません?」
男「どうやって?」
女「いろいろもってきたんですよ。ちっちゃい缶ジュース」
男「うわあ、すごい量ですね」
女「アルコールとかのほうがよかったですか?」