オラ的まさおくんの悲劇から、1ヶ月ほどが経過した。
まさおくんは、いまだにねねちゃんの本当の気持ちに気づいていないようだ。
そういう言い方だと、実はねねちゃんがまさおくんを好きなように聞こえるが、そういうわけではない。
日本語とは、同じ言い方でも様々な意味合いを持つものだと、一言添えておくことにする。
さて、オラはというと、会社であいちゃんが重役会議に出席している間に、あいちゃんの仕事部屋の掃除をしていた。
もっとも、もともと綺麗な部屋なわけで、掃除といっても、ビッカビカの机をさらに磨き上げるように拭くしかないのだが……
それはそうと、最近あいちゃんの機嫌が悪いことが多々ある。
黒磯さんに強く当たるし、たまにオラにも飛び火している。いったいぜんたい何事だろうか。
会社の経営は順調そのもの。あいちゃんの企画した事業も大当たり連発。
その見事な手腕を発揮させ続ける彼女は、成功とは裏腹に、時折思いつめたような表情をしている。
ボディーガード(ほぼ執事)としては、少しばかり心配なのは、言うまでもないだろう。
オラがコーヒーを作っていると、重苦しい音を上げてドアは開かれ、あいちゃんは帰ってきた。
「………」
あいちゃんは、やはり不機嫌な様子だ。
一直線に椅子に向かい、どかりと重い音を鳴らしながら座り込む。
「……はあ」
そして、やはりここでため息を一つ。
このコンボは、最近のあいちゃんの鉄板なのだ。
「……お疲れ様」
そんなあいちゃんに、オラは笑顔でコーヒーを差し出す。
「あ……ありがとうございます。しんのすけさん」
あいちゃんも笑顔でコーヒーを受け取るが、その笑顔は、どこか無理やり作っているようにも見えた。
それを証明するかのように、オラから視線を外すやいなや、あいちゃんは再び、重い表情に戻していた。
どうするか迷ったが、オラは直接聞いてみることにした。
「……あいちゃん、最近疲れてるね……。何かあったの?」
「……少し、思うことがありまして……。いつも気を使わせてしまって、申し訳ありません……」
「いや、それはいいんだけど……何か悩んでいるなら、オラにでも相談してよ。出来る限り力になりたいし」
(本当に力になれるかはなんとも言えないけど……)
「……ありがとうございます、しんのすけさん」
あいちゃんは、再び力ない笑顔をオラに向けた。
何に悩んでいるかは分からない。だけど、オラは彼女のボディーガードであり、友達でもある。
相談してくれるかは分からないけど、もし言ってきた場合は、出来る限り力になろうと決意する。
……そう思った、わずか数日後のことだった……