少し時間が経った頃、老人がふいに話しかけて来た。
「……隣のお嬢さん、よく眠っていますね」
「え?……ああ、はい。海で遊んだので、きっと疲れたんでしょう」
「そうなんですか。……なるほど、とても安らかに眠っている。本当に、気持ちよさそうだ……」
老人は、朗らかにあいちゃんを見つめていた。
そして視線を窓に戻し、再び口を開く。
「……実はですね、私にも、娘がいるんです」
「……そうなんですか……」
「はい。大切な一人娘でしてね。私は、その子のために、色々なことをしてきました。色々なものを与えてきました」
「………」
「……ですが、どうやら私は、その子が一番求めている時に、何も与えることが出来なかったようです。
――その子の御友人から、怒られてしまいました……」
「………」
「その友人の方には、心からの謝罪と、心からの感謝をお伝えしたいんです。
娘は、親の私がこう言うのもなんですが、とても優秀です。私達が期待することを、それ以上のことをして応えてくれていました。
――ですが私は、どうやら勘違いをしていたようです。そんな私達の期待を、娘は重く感じていたのかもしれません。
娘もまた、一人の人間……そんな当たり前のことを、私は、忘れていたんです。
忘れて、仕事に追われて、娘の手を、握り返してやれなかった……
それが、とても辛いんです」
老人は、表情を落としながらそう語る。