工場の寮に三人で住んで、工場が変わるたびに引っ越しと転校をしたと言う事。
お母さんが倒れて、その時いた工場の寮にいられなくなったのが、今の町だと言う事。
アパートを借りたら、お母さんの貯金はもう殆ど残っていなかったと言う事。
お婆さんが働いたけど、お婆さんも体を悪くしてすぐ辞める事になってしまったと言う事。
蓄えが無くなって、生活保護を受けるようになって、今のアパート移ったと言う事。
福祉課の担当さんの尽力と大家さんの厚意で、敷金礼金なんてのも無かったと言う事。
誰が何を言っても、お母さんは絶対に病院に行かなかったと言う事。
彼女を一時的に施設に預けては、と言う話が出た時、お母さんが拒絶したと言う事。
お母さんが時々アルバムの写真を見ながら、お父さんの事を話してくれたと言う事。
その時のお母さんは本当に楽しそうだったと言う事。
「楽しい思い出がたくさんあるの。」口癖のように、そう言っていたと言う事。
「楽しい時があるからね。」そう言って抱き締めてくれたと言う事。
お母さんと最後に話した時「お兄ちゃんにお礼、言ってね。」そう言っていたと言う事。
記憶と聞いた話を彼女の中で整理しながら、ゆっくり話してくれた。
何で話すのか。どんな顔してればいいのか。解らなくて。彼女の方に視線、向けられなかった。
一度話すの止めて、少しして。「…お母さん、羨ましかったです。」ぽつんと言って。
「楽しい事とか、無かったから。ホントかなって。」そのまま、暫く黙って。
思わず、肩に手乗っけたら、頷いて。下ろそうとした手、取られた。