女「……」
男「僕がタヒんでから何年たっているのか、それはわかりません」
男「ですが、少なく見積もっても五年は経過してるはずです」
女「幽霊歴、けっこう長いんですね」
男「ええ。でも、はじめてだったんですよ」
男「僕が話しかけて、反応をしてくれたのは」
男「しかも僕の姿が見えてるなんてね。奇跡かと思いましたよ」
女「奇跡、か」
男「どうしました?」
女「……誤解してほしくないから、先に言っておきます」
女「わたしはあなたみたいな意味不明な人はきらいです」
男「幽霊ですよ」
女「うっさいです。男のくせにいちいち細かい」
男「あっ、今のは問題発言ですよ!」
女「話が進まないから、そういうのはいいです」
女「ついでに言うと、わたしは気づかいというのができません」
女「でも、あなたのことが少しだけかわいそうだと思いました」
男「どうして?」
女「あなたのことが見える人間、それがわたしだったから」
女「あなたが無類のおしゃべり好きだってことは、わたしでもわかります」
男「続けてください」
女「せっかく自分のことが見える人間が、わたしのようなろくでもない女で」
女「……すこしだけ申し訳ないと思いました」
女「どうせなら、もっと楽しい人と出会えたほうがよかったですよね?」
男「……」
女「言っておきますけど、すこしだけしか申し訳ないって思ってませんから」
女「変な勘違いはしないでくださいね」
男「……僕はあなたでよかったと思いますよ」
女「なんです? 口説きにかかってるんですか? 素人のくせに生意気です」
男「あはは、言われたことありません?」
女「なにをですか?」
男「言動がきついって」
女「……」
男「考えこまなくても、こころあたりはたくさんあるんじゃないですか?」
女「いいえ。あなたがはじめてです」
男「嘘、ではなさそうですね」
女「わたし、普段はそんなにしゃべらないんです」
女「人と話すと、すごい疲れるっていうか」
女「当たり障りのないことしか、言えないし、本音を話せる友達もいません」
女「あなたに話しかけられたときは、もうなんかすべてがどうでもよくて」
女「こんなふうに、誰かにひどいこと言ったのは、たぶんはじめてです」
女「話しかけてくれたのが、あなたでよかったかもしれません」
男「え? もしかして僕を口説いてるんですか?」
女「くたばれ」
男「やだなあ、とっくにタヒんでますよお」
女「……答えたくないなら、答えなくてけっこうです」
男「ん?」
女「あなたはどうやってタヒんだんですか?」
男「ああ、自禾殳です」
女「あなたが?」
男「意外ですか?」
女「よくわかりません。続きを話してください」
男「……実は僕も、このマンションの住人だったんですよ」
女「まさか、ここでタヒんだんですか?」
男「自分の部屋のベランダでね」
女「飛び降りたんですか?」
男「ちがいます。僕の住んでた階は、三階でしたのでタヒねない可能性があったんです」
男「だから確実にタヒぬために、首吊りをしたんですよ」
女「首吊り……」
男「飛び降りるより、首吊りのほうが確実なんですよ」
男「ベランダから飛び降りるようにすれば、間違いなくタヒねます」
女「どうして自禾殳なんてしたんですか?」
男「あなたと似たような理由だと思いますよ」
男「でもまあ、簡単に言うとここじゃないどこかへ行きたかったんでしょうね」
女「天国とかですか?」
男「あるいは地獄だったかもしれません」
男「でも首を吊って、次に目が覚めたときは絶望しましたよ」
男「なぜかこのマンションの目の前にいたんですからね」
男「最初は自分がタヒんだかどうかさえわかりませんでしたよ」
男「幽霊になったというよりは、透明人間になった気分でしたね」
男「しかも、幽霊ってかなり不便なんですよね」
女「不便?」
男「扉とかはすり抜けられるんですけど、壁とかはすり抜けれないんですよ」
女「へえ。意外ですね」
男「空を飛べたりするんじゃないかって、思ったんですけどそんなこともできませんし」
男「写真に写ったりできるんじゃないかと、試したこともあるんです」
女「写れたんですか?」
男「わかりません。たしかめられませんでした」
男「あと、温泉で女湯に入ろうとしたこともあったんです」
女「……その話は聞かなきゃダメですか?」
男「意外なことに、僕はのれんをくぐれなかったんですよ」
女「どういうことですか?」
男「原因はわかりません」
男「でも、生きてるときにできないと思ったことは、どうも実行できないみたいなんです」
女「変なの」
男「あと、眠ったりとかもできないんですよね」
男「まあでも、こんなことは本当にささいなことなんです」
男「一番衝撃的だったのは、自分以外の幽霊に会わなかったことです」
女「あなたは幽霊を見たことがないって言いますけど」
女「幽霊の見た目とか、どんなふうかわからなくないですか?」
男「ええ。ですから、あるときからずっと叫んでみたんですよ」